◆文明開化で広く普及 抵抗感ない都市から
田舎ではこうした風潮であったから、牛肉が広く普及したのはまず都市からであった。政府も肉食を奨励したし、都市民は
牛を飼い牛と共に生きることがないから、はじめから牛肉も比較的抵抗を感じることなく受け入れられた。 牛肉屋の開業でもっとも早いのは、一八五一年に大阪の阿波座の徳松という人が開いた店である。つぎに一八六八年に
大阪で新門亭が開業した。長州征伐のとき関東の武士がたくさん大阪に来て、はじめて牛肉を味わい、そのうまさにほれ、
武士がさかんに牛肉屋を訪れたという。 政府の肉食奨励は、洋風の調理法による牛肉を取り入れようとしたのである。しかし、受け入れる方では洋風の調理法は
問題でなく、肉そのものをおいしく食べる方法として日本風に料理したのであった。そのさい、従来田舎でおこなわれていた「鋤焼」の方法を採用して、鋤に代わるものとして鉄鍋を用いたのであった。江戸時代の農民の知恵が一つの食事様式をつくり上げたのであった。
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